長文感想 『クラシック音楽と女性たち』

普段利用しているサイトが不調なため、緊急避難的措置として、こちらのブログに投稿します。
ご承知おきいただけたら幸いです。

3月8日の「国際女性デー」に合わせて、音楽界のジェンダー論に関するこの本が注目されました。それに合わせて、私もこの本を手に取った次第。 

編著者としてこの本を代表する玉川裕子氏に続き、多くの執筆者が数多くの論点を簡潔に紐解き、大まかな近代音楽史の流れを俯瞰して眺めることができます。 

玉川氏が記す序文には、バッハ・ヘンデル・ハイドン・モーツァルト…と、私たちが学校教育で触れてきた音楽界の巨匠の名前が列挙されていますが、そもそも今日、演奏会で奏でられるこれらの「定番の音楽」たちのラインナップは、とある女性演奏家の地道な活動を通して形作られました。 

これをご存じの方はあまり多くはないかと思います。 

そもそも中世の宗教音楽から近代音楽史が勃興する18世紀前後、貴族を中心に「公開演奏会」なる不特定多数の音楽ファンの催しが開かれていました。 

そのような集いに参加できるのは、当時は男性に限られるのが通常でした。 

宗教上など、様々な理由で公の交流の場から除外されてきた女性たち。 

当時の女性が音楽を奏でることを許されたのは、「家庭を支える妻のたしなみ」としての範囲内でした。 

これには、労働の対価として収入を得る、近代市民社会が形成される過程で男女の役割が明確になる時代背景もありました。 

そんな中、開催される公開演奏会も多くは参加者が自作自演する演目が中心で、過去の名作をじっくり味わうというより自慢大会みたいな側面も。 

そんな時代、内輪の愛好者たちの集いの中から、参加の機会に恵まれた女性が現れたのです。 

そのおひとりが、作曲家・フェリックス・メンデルスゾーンの姉「ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼル」。 

裕福な資産家一族に生まれた彼女は、弟フェリックスと異なり、父の方針で職業音楽家への道を閉ざされはしたものの、結婚後も大規模な私邸の中で「日曜音楽会」と呼ばれる玄人たちが集まる舞台でピアノ演奏の腕を上げていきます。 

弟が音楽家として独立すると、ファニー自身が改めてこの音楽会をプロデュースすることに。 

そこは、参加者自身の演奏曲目もありますが、多くはファニーがチョイスした過去の名曲を演奏する場となり、現在の演奏会のスタイルが確立していくのです。 

次にご紹介するのは、ファニーが誕生してから14年後、音楽教室に携わっていた一家に生まれたのが、後にローベルト・シューマンと結婚する「クララ・ヴィーク=シューマン」です。 

職業音楽家、というより、そのドラマチックな人生でご存じの方もいるかと思います(詳しくはこの本をご覧くださいませ)。 

注目すべきは、9歳の頃から父のプロデュースで公開演奏会に登場しキャリアを重ねたこと、結婚後に8人の子宝に恵まれつつも、精力的に公演活動を続け後進への道を開いた業績は特筆すべきかと思います。 

その後の女性音楽家を保護育成する活動や、日本における音楽教育と女性音楽家たちの隆盛など、多くの要素てんこ盛りなこの本。 

ファニーやクララに関するコラムからは執筆者の深い思い入れが伝わりますし、資料的価値も充実した読み得な一冊ですね。 

【以下、余談】 

理解ある人たちの輪の中でつつましやかに暮らしたファニー、公開演奏会に登場してそのエネルギーを開花させたクララ 。 

対照的な二人は、その曲の「色」にも出ているような気がします。 

こちらのリンクから、聴き比べてみるのも面白いかと。 

【Fanny Cacilie Mendelssohn Hensel: The Year – March】

【Clara Schumann, Scherzo n. 2 in C minor, op. 14】

さて、この本の冒頭の章には、女性音楽家が頭角を現す以前、主にオペラなどの舞台に登場した「カストラート」と呼ばれる方々についての記述があります。 

カストラートとは、幼少期に教会などに預けられた際に去勢手術を受けた男性のこと。 

物理的に「変声」を抑えられたその高音は、性の常識を超えた魅力があったらしいのです。 

中国の「宦官」のケースは存じていましたが、西欧にもこんな「習慣」があったとは驚きでした。 

詳細は本をご覧いただくとして、舞台で成功を収めたカストラートに対抗する形で、女性のオペラ歌手も徐々に腕を上げ、今につながる発声法を獲得したとか。 

当時の人気ぶりを、この章を執筆した梅野りんこ氏はこう記しています。 

【以下引用】
現代の日本で言うなら(中略)、政・財界の有力男性ごひいきの宝塚歌劇だろうか。実際女性が男性を演じる宝塚歌劇は、羽で飾り立てた男役スターが「空」から降りてくるところなど、映画で描かれたカストラート・オペラそっくりである。(41p) 

性の枠を超越した美への渇望は、洋の東西を問わず受け継がれているようですね。 

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