長文感想 『カラフル』(森 絵都)

普段利用しているサイトが不調なため、緊急避難的措置として、こちらのブログに投稿します。
ご承知おきいただけたら幸いです。


前世で過ちを犯した魂が、”万物の父” たる存在の粋な計らい? による抽選で、輪廻のサイクルに戻るチャンスを得た。 

自殺した中学生の少年「真(まこと)」の身体に乗り移り、現世へ「帰ってきた」少年として生活する、いわく「ホームステイ」の生活を送ることに。
その中で、自身が犯した過ちを思い出す。。。

「ジュブナイル小説」として多くの若い方に読み継がれている物語です。


最近の注目作『みかづき』では、教育者として子どもたちを見守る大人の側の赤裸々な事情をつぶさに観察する、著者の慧眼が存分に生かされていました。

この本では、「子どもの視点から周りの大人たちを見つめる」という、『みかづき』とは一種逆転したところが対照的で面白いなぁ…と感じ入った次第。
『みかづき』の感想

両親や兄、クラスメートなど、少年の周りの人たちを、ある意味「達観した」大人の魂の視点で見つめ直す筆致は、この本に触れる子どもたちに「君の目の前の出来事には、角度の異なる見方があるよ」と語りかけているかのよう。

若い読み手への著者のはからいが感じられますね。


最近読んでいる『活版印刷三日月堂 小さな折り紙』には、こんな一節があります。

【子どものころ、俺は悩みながら自分の世界との関係を作っていった。自分だけが悩んでいるつもりだったが、親も必死だったのだ。いま俺はあのときと同じ状況にいる。前回は子どもの目で、今回の二巡目は親の目で、その状況を見ているんだ、と。】
(『活版印刷三日月堂 小さな折り紙』150p)

紆余曲折の末に授かった息子の成長を見守るお父さんの独白にあるように、子どもの頃には見えなかった「世界の真実」があります。

「二巡目の世界」はハードではあるが、真実を見つける楽しさもある。
そんな達観が、主人公に「ホームステイ」する魂の視点で描写するこの物語にも感じられるのです。

この本では、主人公の「魂」は「たった一色だと思っていたものがよく見るとじつにいろんな色を秘めていた」と表現します。

そして…この手のお話にはつきものの「タイムリミット」が設定され、物語は一気にラストへと流れるのですが、その先には…。



【以下、余談】

本文中、『〜三日月堂』を持ち出したのは、未婚で子どもがいない私は、二巡目に入ったとは到底思えなかったから…😅

『ビブリア古書堂の事件手帖』の栞子さんも、「現実を実り多いものにするために、わたしたちは物語を読む」なんて言っていましたね。

物語が人生を豊かにする…。
この本を支持する中高生の皆さんもきっとそう感じてくれることを願っています。


話は変わりますが、ホームステイ中の魂のナビゲーターとして登場する、自称「天使」のプラプラというキャラが登場します。

序盤に真くんの家族構成をざっと紹介するのですが、これが大のギャンブル好き。

大人の感覚を有している「彼」としばしば花札勝負をするのですが、「彼」が中学生の身でギャンブル癖がついたらどうするのか❗️ (笑)
(かつて、ギャンブル沼に片足を突っ込んだオジサンは老婆心が…😅)

もちろん、「彼」にその素養があるからなのですが、まだ中学生の彼を目覚めさせるとは、コイツは堕天使か?…(ー ー;)
(おわり)

 加藤浤和 拝

目先の利益か、これからか? (その2)

「過去のコンテンツ」にアプローチする手段としての図書館の意義を(今さらながら) 前回述べさせていただきましたが、今回は、読書からちょっと離れて、映像に関する話題となります。

「過去のコンテンツ」をもっと気軽に知ることができる存在として、YouTubeがありますね。

ここ数年の傾向ですが、過去の特撮やアニメ番組のOP動画・競馬中継の実況動画などが、映像元のソフト化や、オンラインサービスでの配信に伴い削除されるケースがあります。

確かに、映像の著作権者として、これを企業利益につなげたい趣旨は一理あります。

ただ、過去の投稿を削除することで「ファンのすそ野」を広げることを妨げることは否めません。

目の前の「お金を払ってくれる世代」ばかり相手にしては、近い将来、コンテンツを支える「新たな世代」を失うリスクは大きいのではないでしょうか。


かつて、様々なファン層を育てたTVアニメ界も、お金になるコンテンツばかりに傾倒するあまり、極めて濃いファン向けのOVA(その「呼び水」的な深夜アニメ) と、年少者向けの番組に二極化した傾向が顕著な時期もあったように思います。

目先の利益を取るか、業界全体の更なる継続を視野に入れるか…。

難しいところですが、前回も述べたとおり、書籍には図書館もありますし、業界とのバランスも取りつつ何とか共存共栄の道を模索する必要を感じます。

余談ですが、昨今の仮面ライダーシリーズやウルトラマン作品など、過去のコンテンツを上手に組み込んで成功しています。
(現在ではネット配信などで積極的に過去のコンテンツを公開するなど、状況は変わってきたようです)

何とも頼もしい限りですね。
(この項終わり)

加藤浤和 拝

目先の利益か、これからか?

読書メーターなどの読書家交流サイトでのSNSを拝見すると、ユーザーの多くの方が頼りにされている大手古書流通チェーンの話題で持ちきりです。
(特に○○トラなセールの時期など…笑)

実は、どうしても一度にたくさん本が読めない性格の私にとっては「猫に小判」…(;^_^A

自宅に大量の積読をするのも性に合わないので、あの店舗は私にとって縁遠い場所なのです。

古書店でのんびり探索するのは好きですが。

一方で、古書ばかりに依存していると、本の著者や出版社に利益が還元されない、という一面も。
おっしゃる通りだと思います。

私も、出版業界や作家の方を応援したい気持ちはあるのですが、先立つものにも限界が…(^-^;

それでも、これまでこのブログでお話したとおり、読書家同士での本の流通そのものは肯定したい立場ではあるのです。

出版業界が苦しい台所であるのは重々承知しています。
しかし、あえてこう言わせてください。


世の中には「まだ掘り起こされていない本好き(候補)の方」と、「これから本に興味を抱くお子さん」を読書へ導く機会がまだ足りないように思います。

そんな方々が気軽に本に触れられる環境が整えば、本の世界に関心を寄せてくださる方が増えて、結果として新刊本の購買者も増えていくのではないでしょうか。

将来にわたって、本に向き合ってくれる世代を育てていく視点もとても大切だと考えます。

その意味でも、公共の図書館に期待するところは大きいのですが、休館が相次ぐ昨今の社会情勢を考えると心苦しくもありますね…。
(この項つづく)

加藤浤和 拝

映画「蜜蜂と遠雷」に見る、小説と映像の関係 その2

文庫で上下巻900pを越える濃密な物語、『蜜蜂と遠雷』を2時間という枠で表現するのは無理な話。

そこで、映画スタッフが物語の「キー」と定めたのは、かつての「天才少女」、栄伝亜夜(えいでんあや) でした。

小説は群像劇らしく、他の登場人物にも細やかにスポットライトを当てていますが、ひとりの登場人物に的を絞る判断は実に的確だったように思います。

女優さんを中心に据えた方が、映画として見栄えがするかと…(;・∀・) 

この作品が「物語の重心」をあえて変える手段として、映画ならではの「表現方法」を存分に生かしていることが実に新鮮!
映像のプロの底力を感じたものです。


小説版の感想の中には、話が進むにつれて、「天才たち」ばかりが集う面にリアリティを感じられない、というご意見も耳にしたことがあります。

小説の栄伝亜夜も、過去の恩讐を序盤に振り切ってコンテストに集中する展開となります。

一方で映画では、彼女の葛藤をラストの本選まで引っ張ることで、映画ならではのドラマチックな展開を上手に演出することに成功したように感じられました。

結果として、小説の亜夜がピアノにイノセントな印象が濃い半面、映画の亜夜は暗めの映像の効果に比例して、かなりダークな印象を残していたのは実に対照的。

ある意味、女性の多面的な表情を演じるには、松岡茉優さんというキャスティングは当たりだったかと。。。

正直申し上げると、私にとっては、そこが松岡茉優さんの苦手な部分でもあるのですが…アンビバレント( ̄O ̄;)ゞ
(この項おわり)

加藤浤和 拝